Twitter
Instagram
facebook
Twitter
Search:

走れ ライキリ!

2015/1/12

1月10日に「ライキリ」という名のミニ四駆がTAMIYAから発売されました。

TAMIYAの公式サイトによると
「ライキリ(雷切)とは、雷を切り裂いたと言われる伝説の日本刀の名前」とのこと。
ということは、名前のモデルとなったのは当館所蔵のこれです。

20150112_11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脇指 無銘 (雷切丸)
戸次道雪 所用

 

それは素晴らしい、ということで
ミニ四駆ライキリ購入(館長が)。

20150112_01

 

 

 

 

 

 

ミニ四駆を扱うのは初めてなので
説明書をよく読んで、指示通りに作業していきたいと思います。

蓋を開けると・・・

20150112_02

 

 

 

 

 

 

 

さまざまな部品。
これらを組み立てて無事にライキリを完成させねばなりません。

使用する道具はこちら。

20150112_03

 

 

 

 

 

 

部品を切り離すためのニッパー。
バリ取り用のカッター。
ねじを回すドライバー。
名前を書くペン。

2つほど部品をはめた後、ステッカーを貼ります。

20150112_04

 

 

 

 

 

 

実は全工程の中でこれが一番大変でした。
あとは「パチンとはめる」とか「くるくる回す」とかばかりですから。

工程に沿ってパチンとはめて、くるくる回していくと
こうなって

20150112_05

 

 

 

 

 

 

 

こうなって

20150112_06

 

 

 

 

 

 

 

そして完成。

20150112_07

 

 

 

 

 

 

 

「流れるような刀の動きをイメージしたシャープなボディ」が素敵です。

20150112_09

 

 

 

 

 

 

 

説明書の通りに進めれば、初心者でも組み立てはスムーズでした。

裏側はこのとおり。

20150112_08

 

 

 

 

 

 

説明書に「名前を書いてはっておこう。」とあったので、名前シールを貼りました。
これで他人のものと間違える心配はありません。

 

初めてのミニ四駆はステッカー貼りに課題が残りましたが、2回目はもっと上手くできそうな気がします。
次は甲冑をイメージした「ガチリン」とかどうですか、TAMIYAさん。

 

ところでせっかく「ライキリ」なので、道雪を乗せてみました。

今なら助手席空いてます

今なら助手席空いてます

 

 

 

 

 

 

 

 

道雪を乗せたライキリは、そのシャープなボディで館長室を爆走しました。

▲ページの先頭へ

戦国BASARAの宗茂

2011/11/21

戦国BASARAとは、CAPCOMから発売されている
「スタイリッシュ英雄(HERO)アクション」ゲームです。

「戦国BASARA」というからには、いろんな戦国武将が登場するのですが、
立花宗茂も戦国BASARA3から登場します。
そのときは敵武将だったのが、
今月10日発売の「戦国BASARA3宴」では、遂にプレイヤー武将として登場しました。

見た目はごっついのですが、なんかちょっと不器用で(強いけど)
愛すべきおじさんキャラです。

史実の宗茂は、関ヶ原の戦いで西軍についたために改易され、
上方や江戸で、数年間の浪牢生活を送りました。
ストーリー第1章の、宗茂が島流しになってしまうエピソードは、
なんとなくそのことを想起させます。
鍋を食べるとかお祭りとかは…特に思い至りません。
ちなみに史実の宗茂は、その後奥州棚倉に領地を与えられ、
さらに1620年には旧領柳川に帰ってきました。
関ヶ原の際に改易された武将が旧領に復帰したというのは、他に例がありません。
すごいぞ宗茂。

戦国無双(コーエーのゲーム)の立花宗茂は、
家紋を上手に利用した、かっこいい王子様にデザインされており
これはいいなと思っていました。
一方、戦国BASARAの宗茂は伝来している具足を元にしたと思われる
キャラクターデザインになっており、
これもまたいいなと思います。

20111121_01

「鉄皺革包月輪文最上胴具足(てつしぼかわつつみがちりんもんもがみどうぐそく)」
おそらくデザインの元になったであろう、宗茂所用の具足です。
この具足は、朝鮮出陣の折に着用したと伝わっています。
これを見ると、チェーンソー雷切は別として、かなり忠実にデザインされているのがわかります。
こちらは現在、立花家史料館で展示中。

ちなみに、本物の雷切丸はこれです↓

20111121_04

「脇指 無銘(雷切丸)」です。
こちらは、立花宗茂の養父である戸次道雪(誾千代の実父)所用で、
現在は都城島津伝承館で展示中(12月4日まで)
写真は表と裏です。2本あるわけではありませぬ。

さて先日、史料室長が東京へ出張した際に写してきた画像。

20111121_02

山手線 新大久保駅にいたBASARA宗茂さん。
20日まで山手線の駅にBASARA武将のポスター広告が掲示されていました。
彼は若い女性に囲まれていたそうです。
中には宗茂についてお友達に熱心に語っている、
宗茂ファンと思われる方もいらっしゃったとか。
ありがたいことです。

▲ページの先頭へ

お江戸見聞記 後編 〜雷切丸、空を飛ぶ〜

2011/9/30

9月25日(日) 晴れ

ホテルをチェックアウトし、
皇居ランナーを横目に、半蔵門から地下鉄に乗車。
電車を乗り継いで飯田橋で降り、小石川後楽園へ。
方向感覚に難ありの二人なだけに、なぜかウインズ後楽園まで彷徨い歩き
さらに、入園口と反対側の門にたどり着いてしまうという紆余曲折がありつつも、
なんとか到着。

052

突然ですが、
先日、立花氏庭園がめでたくも国の名勝に正式に指定されました。
立花氏庭園の中にある東庭園は、大きな池を中心とし、
その周囲に起伏のある地形を配した池泉回遊式庭園で
池の周りを散策できるようになっています。
小石川後楽園は、徳川御三家のひとつ、水戸徳川家のお屋敷であったところ。
ここも池泉回遊式庭園であり、その造成に朱舜水(柳川にも縁のある儒学者)が関わっている
ということから、見学に訪れたのです。

受付で入園料を払って、さあ園内へ。

054

小石川後楽園は、東京ドームを借景とし……なわけないですね。

055

ごみ箱も風景になじんでいます。
さて、お庭はどんな感じでしょうか。

059

むむ、池が広いな。
東庭園の池だって、江戸時代には今よりもは広かったのですが。

さあ、気をとりなおして、次へ進もう。

058

おお!庭の中に森がある。
木曽の山を表してるようです。
山を抜けると...

062

また池が。
書院のお庭です。

この先にも清水観音堂とか(手ブレ注意)、

088

琉球山とか、

093

西湖堤とかが...

091

他にも渡月橋に滝に松原に梅林に八つ橋にと、
日本のみならず、中国までも、ありとあらゆるものがこのお庭に集結。
水戸光圀は諸国漫遊しなかったと言われていますが、
お庭を巡れば、諸国を巡った気分になれたのではないでしょうか。
ね、黄門さま。

075

「・・・・・・」
今は田んぼの番に忙しいようです。
「助さん、格さん、稲を荒らす者をこらしめておやりなさい」

ちなみに、円月橋は修復工事中でした。

083

やはり徳川御三家は規模が全然違います。
外様が生意気言ってすみませんでした。
いよっ、特別名勝!

では、今回の出張の真の目的
「撮影の為に預けていた雷切丸を受け取って、無事に持ち帰る」
のために九段へ向かいましょう。

雷切丸の撮影をお願いしたのは、刀剣藤代さん。

100

研師の藤代興里さんは、優しい雰囲気ながら、目に職人魂を感じる方でした。
撮影をして下さったのは、娘さんの冥賀明子さんです。
冥賀さん撮影の雷切丸の写真は、10月8日から都城島津伝承館で開催される
「柳川立花家と島津家」展の図録で初お目見えします。
お楽しみに。

受け取った雷切丸をしっかり梱包して大事に抱っこし、藤代さんの前から即タクシーへ乗車。
(刀を持っているので、安全のため電車には乗りません)
事前に「定額タクシー」を予約してあったので、
千代田区からなら、6000円プラス高速代のみで羽田空港まで運んでもらえます。
メーターを気にしなくていいのは気が楽〜。
「お、国会議事堂」
「皇居ランナーって、いついかなる時間にもいるんだね」
「東京タワーだ」
「あぁ!スカイツリー!」
「レインボーブリッジ渡るよ〜」
おのぼりさん丸出しではしゃぐ車内。
日曜日なので道がすいていたこともあり、30分かからずに羽田に到着。

カウンターで刀を預け、時間もあるので空港見学。

104

展望デッキに登ると、全日空機だらけでした。
中に少しだけエアDO。

空港の中にディスカバリーミュージアムというのがあり、
何をディスカバーさせてくれるのかなと入ってみると...
なんとここは、永青文庫の常設企画展として開設されたものでした。
ここ近年、いたるところで企画展も開催してますよね。
どれだけ史料もってるんだ、永青文庫!

永青文庫の史料の多さに、ディスカバーではなくサプライズしてしまっているうちに
あっという間に搭乗時刻となりました。
端っこの搭乗口まで歩いて歩いて歩いて...やっと到着。
飛行機は「揺れます」と言われた割には、それほど揺れることもなく、
雷切丸と共に有明佐賀空港に着陸した頃には、外はもう真っ暗になっていました。
暗くなってしまったので、以下写真はありません。

手荷物受け取り所でジュラルミンケースから出てきた雷切丸と再会。
これまた予約していたリムジンタクシーに揺られることしばし。
無事御花に到着しました。

ぼんやり明かりの灯った西洋館に出迎えられ、
刀を抱っこしたまま転ばない様、足元に注意しながら史料室に向かいます。
史料室の通用口付近は電灯が無く、夜は真っ暗になってしまうので、
ぶつけないように、さらに慎重に狭い道を歩きます。
(業務連絡:電灯を付けたいです。人に反応してぴっかーんて光るアレ。)

収蔵庫に刀を納め、史料室長にミッション完了のメールを送る。
すぐに室長よりねぎらいのメールが届き、これにて全て終了。
おつかれさまでした。

さあ帰ろう、と思って外に出ると、いつの間にか雨模様。
空も雷切丸の帰還を喜んでいるのでしょう。

そして、通勤用の定期券を家に忘れてきて心が雨模様の私は、
片道の電車代830円也を泣く泣く手出しし、自宅にたどりついたのでした。

以上、おわり。

【その後の雷切丸は...】

柳川帰還後3日目にして、展示の為、都城へ再び旅立っていきました。

105

そのときの模様は、また別の機会にでも。

▲ページの先頭へ