“神速”の勝利に貢献⁉️―足利尊氏の密書(【重文】「大友家文書」)を高精細画像で見る[後半]
2025/8/13前半では、【重要文化財】「大友家文書」を高精細画像で見る楽しさを、参考文献・参考サイトとともに紹介しました。
高精細画像で見ると、足利尊氏の“密書”「足利高氏(尊氏)書状 」(大友家文書・書簡1-1) の歴史的価値を、より深く実感できる気がします。
ところが、最近話題のTVアニメ『逃げ上手の若君』🔗 を観たことで、足利尊氏の “密書” の“解像度”が思いがけず高まってしまいました。
せっかくなので、わたしの衝撃を皆さまにもオスソワケしたいと思います。
※この先、 物語をまっさらな状態で楽しみたい方はご注意ください。
TVアニメ『逃げ上手の若君』第1話「5月22日 」では、鎌倉幕府が“神速”で滅亡していく様子が描かれます。
その展開の速さに驚愕しました。
「一味さんざん(1333年)鎌倉幕府滅亡」と年号を覚えていましたが、尊氏の挙兵から倒幕までがこんな短期間だったとは……
このスピード感は、アニプレックス チャンネル 🔗 公式サイトでも体感できます。
▶️ 「TVアニメ『逃げ上手の若君』 | 幕間(1333年-1334年)「歴史」
諏訪頼重さんが軽妙に案内してくれるので、助かります。
※ 衝撃的な描写が含まれますので、苦手な方はご注意ください
「TVアニメ『逃げ上手の若君』 | 幕間(1333年-1334年) 「歴史」
アニプレックス チャンネル
え、ちょっと待って。
あの“密書”はいつ出されたんだっけ?
歴史の流れをざっくり整理すると、
元弘元年(1331)
8月 後醍醐天皇[1288-1339] 、倒幕をめざし2度目めの挙兵。「元弘の変」
↓
9月 鎌倉幕府、足利高氏(のちの尊氏)[1305-58]らを京都へ派遣、鎮圧。
元弘3年(1333)
閏2月 後醍醐天皇、配流先の隠岐島(現在の島根県)から伯耆(現在の鳥取県)へ脱出、倒幕命令を発する。
↓
4月27日 足利高氏、後醍醐天皇からの勅命を受け、京都で挙兵。全国の武士に 討幕の“軍勢催促状” を出す。⇒5月7日 六波羅探題を攻め落とし、京都制圧。
↓
5月8日 新田義貞、上野(現在の群馬県)で挙兵、 鎌倉(現在の神奈川県)へ進軍。⇒5月22日 鎌倉幕府14代執権・北条高時ら、菩提寺の東勝寺で自刃
“密書”の日付は──元弘3年(1333)4月29日!
情勢が一気に動く渦中で出された、尊氏の命運を左右しかねない一通です。
そして、2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を1年間見通した私は知っています。
この時代の戦は、誰を味方につけるかで勝敗が決まるのです。
この小さな絹布に込められた、尊氏の思いの重さたるや……
「文字が読みやすくてありがたい」なんて、言ってる場合ではありません。
では、もう一度 「足利高氏(尊氏)書状 」(大友家文書・書簡1-1) を高精細画像で見てみましょう!
00000339が本紙、00000338は包紙です
TVアニメ『逃げ上手の若君』を履修した後に対峙すると、絹の織目の間に残されたヒリヒリした緊迫感までもが見えてきそうです。
歴史は単なる事実の積み重ねではなく、生きている人々の「毎日」の積み重ねなのだと、あらためて反省しました。
高精細画像は、史料の「文字」を「モノ」として見せてくれます。
ドラマやアニメは、「モノ」の背景にある「物語」を鮮やかに描き出してくれます。
どちらのおかげもあって、教科書程度の知識しかない私の“解像度” が高められていくので、日々とても助かっています。
そして近年、多くの史料がデジタルアーカイブとして公開され 、手軽にアクセスできるようになりました。 歴史をより身近に感じられる、ビッグチャンスの到来です。
優秀な研究者の方々の尽力により公開が実現したデジタルアーカイブズ「立花家史料館所蔵史料」を、お気軽にどんどん活用いただけましたら幸いです。
【立花家伝来史料モノガタリ】
立花家伝来史料として大切に伝えられてきた”モノ”たちが、今を生きる私たちに語る歴史を、学芸員と読み解いていきます。
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